北へ。 〜ブシドーイルミネーション〜  あの日、イルミネーション・カウントダウンで結ばれた俺とターニャは、いま、ターニャの故郷・ナホトカを訪れていた。 「日向さん・・・私、また、この街へ来ることになるなんて・・・思ってもいませんでした・・・」  やはり久しぶりに生まれ故郷を訪れて嬉しいのだろう。ターニャの表情はいつもより明るい。  そして、俺たちはターニャの生家にたどりついた・・・。 「ターニャ・・・おお、ターニャ・・・!」 「お母さん・・・!!」  ターニャの母親は、玄関でその姿を見るなり、ターニャを強く抱きしめた。 「食べるものに困ってないかい・・・? 仕事はあるのかい・・・? 地獄的な環境に身をおくと、地獄霊がやってくるよ・・・!!」 「母さん・・・私、大丈夫・・・」  感動の再開だ。ターニャの母親は、4年間ずっとターニャのことを心配していたんだ・・・。 「いまさら何をしに来た、・・・紅茶を飲んだら帰れ・・・」  ターニャの義父であろう男が奥の部屋でつぶやいた。 「腹が減っているなら・・・食事をしてから帰れ・・・」 「義父さん・・・?」 「疲れているなら・・・一晩泊まってから帰れ・・・」 「義父さん・・・!!」  ターニャの義父さん・・・思っていたようなひどい人じゃないようだな・・・。ターニャのことを心配してたんだ・・・。 「それから、隣りの男に真剣で戦ったことはあるか聞け・・・!」  ・・・。  ・・・・・・。  ・・・・・・・・・。  ・・・・・・・・・真剣!? 「・・・日向さん・・・剣は扱えますか?」  ターニャの嬉し涙を浮かべた幸せそうな顔。しかし、日本人の常識に照らし合わせると、どう考えても表情とセリフが合っていない。 「な・・・なんのことだターニャ! 一介の高校生が真剣なんて扱えるか!」 「大丈夫ですよ」  涙をぬぐいながら、にっこりと天使のように微笑んでターニャは言う。 「剣祓いは邪念を斬る祓いです。利剣は心の内にあります」 「利剣・・・!?」  なんだそれは。 「我執を捨て、心を“空”にすれば利剣は得られます」  そう言って俺たちに歩み寄ってきたのは、ターニャの母だった。 「心内に天空門を持つあなたにならできるはずです・・・真の剣祓いが。オープンユアハート、です!」  俺が・・・? 「無謀だよ・・・利剣なんて・・・」  俺にそんなことができるはずがない。 「ダイジョウブです、ロシアでは男はみな戦士・・・あなたにだってできるはずです」  俺は日本人だ。 「ワタシもお手伝いします・・・北海道の地で多くの血を浴びたワタシの力を・・・」  な・・・なんかターニャが不穏なこと言ってる・・・。 「そう、あの時も・・・」 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 <北海道...8月1日 0時30分> 「荒井さん、荒井さ〜ん」  日向の叔父が運営する牧場の娘・愛田めぐみ。彼女は今日も、隠れて飼っているアライグマ・荒井さんの様子を見に林の中へ入って行った。  しかし、そこにあったのは愛田めぐみにとって想像もつかない世界であった。  日常から一気に魔界へ・・・驚いて悲鳴も出ない愛田めぐみ。  彼女が見たのは、ある少女の後ろ姿。  それは、暗黒の神話を持つロシア人ターニャ・リビンスキーその人であった。 「違う・・・この色も・・・ツヴェト・ザカータ(夕焼けの赤)じゃない・・・」  その身を赤く染めたターニャ。その腕に握られているのは、同じく赤く染まった金槌。  そして、彼女の足下には変わり果てた荒井さんの姿があった。  ターニャはゆっくりと振りかえる。  愛田めぐみとターニャ・リビンスキーの視線が交錯した。  そして、次の瞬間。 「ビガ―――――!」  愛田の背後から顕れる黄色いネズミの姿! 「これは・・・レベル2のエーテル体・・・もしや!」 「ヂュ―――――!!」  愛田の背後から放たれた電撃がターニャの体をかけめぐる。 「ス・・・スタン・・・ド・・・ッ!」  そう、これが愛田めぐみのスタンド『大谷育○』の能力の1つ、『電撃』。これを常人が受けたならば、全身の筋肉が麻痺し、呼吸困難に陥るであろう。  狭心症という戦士として最大のハンディキャップを背負ったターニャに対し、これほど有効な攻撃方法はないであろう。  約2秒後、放電はおさまった。どさりと倒れ込むターニャ。  愛田は己の勝利を確信した。しかし、そこに慢心が生まれた。  愛田の闘気が薄れた瞬間、一瞬で起き上がったターニャは金槌を上段に構え、突進する。  一瞬の出来事であった。  ズシャ  頭蓋が砕ける嫌な音。そして、愛田はゆっくりと地面に伏した。  再起不能・・・・リタイヤ 「残心がないから打たれるのです・・・」  そうつぶやきながら、ターニャは愛田の頭蓋骨からのぞく頭の中身に手を差し込み、まぜこねるように腕をまわす。  ピチャ、ピチャ。  深夜の林に、血のはねる音が響く。  そして、頭から引き抜いた腕を目の前に持ってきてしげしげと見つめるターニャ。 「違う・・・この色も・・・ツヴェト・ザカータじゃない・・・」  ターニャの闘いはまだ終わらない・・・。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 「ということがありましてね・・・」 「・・・」  愛田って、俺の親戚じゃなかったか?  いや、いま重要なのはそんなことじゃない。  どうやってこの状況を乗りきるかだ。 「日向さん、武器を持ってきました。どれを使いますか?」  ・・・もう闘うことになってる・・・。 「ターニャ、悪いけど俺は・・・」 「どけ、ターニャ!」  俺の言葉をさえぎり、ターニャの義父さんが奥から出てきた。  ・・・なんか、金槌もってるんですけど・・・。 「剣も扱えぬ男に・・・娘はやれん・・・!!」  ターニャの義父さんが一気に距離をつめてきた。 「フン!」  初太刀。・・・なんとかかわすことに成功した。武器が武器だけに大振りになるようだが、一発でもくらえば致命傷だ。  さらに連撃。なんとかかわし続けるが、素手ではもう限界だ。 「日向さん、利剣です!」  利剣・・・? そんなものが・・・。 「オープンユアハート、心を開いてください!」  しかし、やるしかない! 争いの心を起こさしめ給うことなかれ・・・ わがうちに“調和の霊”を以って満たし給え・・・ 六合照徹 光明遍照 われを浄め給う・・・ われを浄め給う・・・ 天照らす御親の神の大調和の命 射照し宇宙静かなり・・・ われは浄められたり・・・ われは浄められたり・・・ われは浄められたり・・・ われは浄められたり・・・ 大神の御魂 今ここに天降り 御心の如く御業をならしめ給う・・・!! 「わが業はわが為すにあらず・・・天地を貫きて生くる祖神の権能・・・!!」  その瞬間、俺の額めがけて振り下ろされるターニャの義父さんの金槌。  しかし、その金槌は俺の頭を割らなかった。 「われは浄められたり・・・!!」 「若造・・・利剣を生み出すとはな・・・!!」  利剣がターニャの義父さんの額を斬った。しかし、致命傷ではない。 「信じられない・・・本当に利剣が・・・」 「母さん・・・? 利剣で闘えと言ったのは母さんなのに・・・」 「確かに言ったわ・・・でも、利剣なんてのは剣法の達人でさえ何十年もかかってようやく悟れるかどうかっていう“心法の剣”の境地なのよ・・・。  “黒蓮”と呼ばれる父さんでさえ未だにモノにできないほどの・・・」 「そんな剣を・・・日向さんが・・・?」  そんな剣で俺に戦えと言ったのは誰だ。 「ターニャ・・・あなた、とんでもない男を見つけてきたようね・・・。あの男は・・・いずれこの世界を変えるわ!」 「しかし!!」  ターニャの義父さん――いや、“黒蓮”と呼ぼう――が、鍔競合いの姿勢から飛びのいた。 「しょせんは実体無きイメージの産物! 実物の金槌にかなうか――ッ!!」  黒蓮の、上段からの激しい連撃。しかし・・・あれだけの重量の武器、これだけ振り回すには無理があるはず。 「ヌゥン!」  4撃目! ここで、黒蓮は大きくバランスを崩した。もう1度あの連撃に耐えることはできない・・・、ここが俺の勝利への唯一の道だ。 「破邪――っ!!」  俺の利剣が、黒蓮の霊体を斬った。確実に・・・しとめた。  黒蓮はそのままの体勢で傷から血を吹き出し・・・やがて、そのまま倒れ込んだ。 「ツヴェト・・・ザカータ・・・」 「え?」  俺はターニャのつぶやきを聞き逃さなかった。 「ツヴェト・ザカータです・・・黒蓮・・・いえ、義父さんの血の色・・・」  ツヴェト・ザカータ、夕焼けの赤・・・。ターニャの実父が生み出した赤い色・・・。 「まるで、義父さんが・・・私たちを祝福してくれているようです・・・」 「ああ・・・」  それ以来、俺とターニャは暗殺集団・鳴鏡館の刺客から逃げ続ける日々を送っている。なんでも、ターニャの義父さん・黒蓮は鳴鏡館の有力者だったらしい。  しかし、そんな日々も俺たちにとっては何でもない。  いつでもとなりに、愛する人がいるから。  刺客との闘いはいつも死と隣り合わせで、時には何もかも投げ出してしまいたくなる時もある。  しかし、その苦しみは俺の勇気と胆力と信念をきたえてくれる。  苦しみに耐えれば耐えるほど俺は強くなってる自分自身を感じる。  苦しみ即喜びだ! 完